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山男

デービッド・ブラント・バーグ

イエスは、群衆を後に残して、山に登られた。「イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子達がみもとに近寄ってきた。」 (マタイ5章1節) 山頂が人で埋まることはない。なぜかと言えば、山登りは、なかなかきついからだ。山に登りたいという人はあまりいない。

山上はもっと明るい。谷間を闇がおおう頃になっても、まだ太陽が見られる。しかし谷間は、ほとんどいつも暗い。人間や物であふれ、たいてい闇の中にある。山は風が吹き荒れ、寒いが、感動と興奮がある。

山に登るには、それに命をかけても構わないというくらいの気持ちがなくてはならない。人生の山であれ、達成の山であれ、障害や困難の山であれ、いかなる山を登るにも、逆境の象徴たる吹き荒れる風や寒さや嵐を乗り越えなくてはならないのだ。

パイオニア(先駆者)だけが山に登る。パイオニアとは、誰もしたことがないことをやりたいと望む人、群衆から抜け出て、まだ達成されていないことに挑む人である。パイオニアにはビジョンがなければならない。誰も見ることのできないものを見るビジョン、そして、他の誰も信じない事を信じる信仰と、初めて挑戦した人間になろうとする率先性、最後まであきらめない勇気とガッツが必要だ。

谷間の人は時間に縛られているが、山にいると、永遠の内に生きているのを感じる。世界を正確に展望し、征服されるべき山々と、普通の人間の目に見える地平線を超えた世界を見る。彼方に処女峰や前人未踏の谷が見え、谷間の人間には決して見えず、理解さえできないものを見るのだ。

谷間では、大勢の人間や、見せかけ、物質主義に巻き込まれ、やがて過ぎ去ってしまう時間と、時間とともに朽ちる生物や物質しか見えない。しかし、周りの群衆の中からあえて頭を突き出す人は、その人自身が彼らの間で山となるので、人々は憤慨し、反対し、戦いを挑む。自分たちには理解できず、そうした存在自体、望まないからだ。

そのような人たちは、そこに山があることなど知りたくもない。他の人が山の存在を知ったり、水晶のように美しい山頂にある新鮮な空気を吸うことも望まない。皆を谷間のぬかるみに閉じこめておきたいのだ。谷間以外に行ける場所があることを知られるのは望まない。そして、山に登るのを思いとどまらせようと、あらゆる手を尽くす。

人間は谷間を支配するが、神だけが山を支配される。山に住む人はその事を知っている。しかし谷に住む人間は、自分達が統治しているから、自分達を神だと思っている。安心しきっていて、神などいらないと考えている。神がいることさえ忘れてしまっているからだ。もはや空を見ることさえできないのだ。

踏み慣らされた道は打ち負かされた人のものであり、山頂は勇ましいパイオニアのものだ。

山の上で何が聞こえるだろうか。世界中に響き渡るようになることを耳にする。静けさの中で何が聞こえるだろうか。歴史の進路を変えるようになるささやきである。歴史上最も偉大なおきて、今でも世界の大半が従っているおきては、たったひとりで山の上にいた人に授けられた。そのおきて、十戒を受け取ったモーセが、それを携え、山から下りてきた時、ヘブル民族は変わり、世界も変わった。

世界で最も偉大な教え、「山上の垂訓」は、世界で最も偉大な山男、イエスによって、わずかな数の山男たちに与えられた。イエスは人生最後の山ゴルゴタ(十字架にかけられた場所)を登り、世界の罪のために死なれた。それは、あなたと私のために、イエスだけに登ることのできた山だった。そして、イエスは最後まで登られた。

イエスの弟子たちは「山上の垂訓」を聞いた後、山を下り、世界を変えた。彼らはもはや前と同じではなかった。彼らは世界を変えたが、彼らを変えたものとは何だったのだろうか。それは、谷間で言われていることと正反対のことを教える神の声だった。谷間ではこう言われていた。「ローマ人はさいわいだ。堂々として誇り高く、強大なる権力がある。彼らの成し遂げた偉業を見よ。全世界を征服した。」 しかし山上で、イエスは全く反対のことを語られた。

「心の貧しい[謙虚な]人達は、さいわいである。天国は彼らのものである。」(マタイ5章3節) 無学で教養のない漁師たちが大工(イエス)から聞いた言葉は、彼らをローマ皇帝よりも偉大な支配者にするものだった。

「義に飢えかわいている人達は、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。」(マタイ5章6節) 山の人々は、真理に飢え渇いていて、神にしか彼らを満たすことはできない。谷間の人々は、自分の鼻先より遠くを見ることができず、満ち足りていて、満腹なので、神は、彼らを空腹のまま帰らせられるだろう。(ルカ1章53節を参照)

「心の清い人達は、さいわいである、彼らは神を見るであろう。」(マタイ5章8節) 山にはスモッグはない。空気は澄んでいるし、水も清く、人の心も清い。彼らは神を見るのだ。

山には生命がある。谷から出なさい。「鳥のように山にのがれよ。」(詩篇11篇1節)